平成27年度 江戸川学園取手高校 入試 国語 古文 口語訳

最近の事であろうか、仁和寺の奥に同じような聖が二人いた。一人は西尾の聖といい、もう一人は東尾の聖と名付けた。この二人の聖は何事につけても人徳を高めようとして、一人が経文を書写すると、もう一人は念仏を唱える。一人が五十日仏事に励めば、もう一人は千日間仏事を行うなど、お互いに負けないようにと仏道修行に励んだので、多くの人から敬われ、二人は仁和寺を離れ、それぞれ別の場所で結縁した。
長年このように営んでいる間、西尾の聖が焼身自殺をして仏に供養するという話が広まり、西尾の聖と結縁しようとする様々な人々が聖の焼身自殺を見るために大勢集まって尊く思った。東尾の聖は西尾の聖が焼身自殺をするという噂を聞いて、「気がおかしくなってしまったのだろう」と言い、信じなかったが、ついに焼身自殺をする当日になって、(西尾の聖の)弟子たちが念入りに周りを取り囲み、念仏を唱えながら西尾の聖のいる建物に火をつけた。大勢集まっている人は涙を流した。(兎が飢えた老人のために自ら火の中に飛び込んだ。その兎は死後、生まれ変わってお釈迦様になったという手塚治虫の「ブッダ」にも出てくる有名な話を思い出し、結縁した人のためにわが身を焼いてまで仏に仕えようとする西尾の聖の自己犠牲と利他の精神に感動して)尊く思っていたが、火の中から、念仏を二百回繰り返したのち、最後にとても清らかな声で「今こそ東尾の聖に勝った」と言ってお亡くなりになった。「今こそ東尾の聖に勝った」という発言が聞こえなかった人は尊く思って感動して帰った。「今こそ東尾の聖に勝った」という発言が聞こえた人は思わす「これはとんでもない。本心ではなく、迷いの心のためにそんなことを言ったのか。(西尾の聖は純粋な信仰心ではなく、邪悪な競争心から焼身自殺をしたので、死んだ後も極楽へは行けず)きっと天狗になるのにちがいない。役に立たない結縁をしてしまったことだな」などと言った。仏に供養するために命を捨てたのに、相手に勝ちたいなどという心を捨てきれなかったことはめったにないことである。

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